「塩狩峠」(三浦綾子)①

気高き父親の魅力溢れる姿を味わいましょう

「塩狩峠」(三浦綾子)新潮文庫

口喧嘩がもとで、信夫は
年下の虎夫に胸をつかれ
屋根から転落する。
成り行きを問う父親に、
信夫は自分で落ちたのだと答える。
「ぼく町人の子なんかに屋根から
 落とされたり

 するものですか」
それを聞いた
父・貞行の顔色が変わり…。

かつて中学校道徳の副読本にも
載っていた本作品冒頭部分。
何度読んでも胸がすっとします。
人はみな平等であるという
あまりにも当然なことを、
ここまですっきり書き表したものは
少ないのではないかと思うのです。

母親のいない
(実はあとで登場する)信夫は、
厳格な祖母から
「士族」は身分が最も高いと
繰り返し教えられていたのです。
だから町人の子である虎夫に
突き落とされたのは「恥」だと考え、
自分から落ちたと答えたのです。

それに対して父・貞行は、
信夫が年下の虎夫をかばったのだと思い、
初めはにこやかに対応していたのですが、
偏見に根ざしたものだと知ったため、
「信夫のほおを
力いっぱいに打った」のです。

時代はまだ明治20年。
貞行が口にする
「天は人の上に人を造らず
人の下に人を造らず」で有名な
福沢諭吉「学問のすゝめ」の
初編出版が同5年。
貞行は古い時代の
価値観にとらわれない、
かなり先進的な人物といえます。

そして貞行はキリスト教徒
(この時点では
自分の母親(=信夫の祖母)にも
信夫にも打ち明けては
いないのですが)であるため、
なお一層
差別や偏見が許せなかったのです。

虎夫への謝罪に
躊躇している信夫に対し、
貞行はどうしたか?
「貞行はぴたりと両手をついて、
 虎夫にむかって深く頭を垂れた。
 そして、そのまま
 顔を上げることもしなかった。
 その父の姿は
 信夫の胸に深くきざまれて、
 一生忘れることができなかった。」

この場面が大好きです。
貞行の人間としての誠実さと優しさ、
父親としての厳しさ、
人生の先輩として率先垂範する姿勢、
すべてが余すところなく
現れています。

貞行は亡くなる際にも
見事な遺言を遺します。
「日常の生活において(中略)
 父が為したこと、
 すべてこれ遺言と思ってもらいたい。
 わたしは、そのようなつもりで、
 日々を生きて来たつもりである…」

全編のいたるところに感動場面が
ちりばめられているのですが、
冒頭部分はこの
気高き父親・貞行の
魅力溢れる姿を味わいましょう。

(2019.1.22)

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